” ニーズが見える ” ID-POS分析
LTV(ライフタイムバリュー)という言葉があります。
顧客生涯価値と訳されますが、顧客を取り巻く状況は変化して行きます※1から、生涯を通して一つの店を利用し続ける人はまず居ません。
ですから一般的には生涯価値と言いながら、自店/自チェーンの利用を開始してから終了する迄の利用期間をライフタイムとして、その期間に顧客が自店/自チェーンに落とす利益の総額の事をLTVと言います。
LTV = 粗利率 × ID金額 × 継続期間数
ID金額は単位期間中に一人の顧客が実際にお店に落としてくれたお金の平均で、これに粗利率を掛けたものが企業から見た顧客のバリュー※2です。
継続期間数は利用頻度に合わせて年数や月数とした正にライフタイムで、この中では一番計測/推定が厄介な代物です。
※1.引っ越し(平均3.2回)や世帯構成、可処分所得の変化、子育て期間/介護期間の開始/終了等々多岐にわたります。
※2.粗利率は顧客の知るところではありませんので、顧客を仕分ける目的に使うには相応しくありません(顧客から見れば、払ったお金だけがお店に対する自分の価値です)。
ユーザさまよりLTVというお題を頂きましたが、BiZOOPeでは当月含めて38ヶ月分のデータしか持ち合わせていません。
ここではその限られたデータの中でLTV、中でもライフタイムについて、打つべき政策も交えながら考察して行きたいと思います。
直近月を除く37ヶ月分の実績を集計してみると図のように、店舗利用の中央値(黄色)が13月、平均値(緑)が16月、同じく部門=ベビー・シルバー利用の中央値が2月、平均値が6月でした。
”ヶ月”で無く”月”としたのは、必ずしも利用月が連続する訳では無いからです。
例えば利用月数=2は、どこかで2月利用したという事ですから、連続利用の顧客だけで無く、前月と前年同月といった歯抜け利用の顧客が含まれます。
また図のように月の利用者には1年以上振りに利用を再開している顧客が5.6%も存在しています。
利用月数に関わらず、データ期間外に未利用だった保証も、これから未来に利用を再開しない保証もありませんので、データ期間に依らず、利用の開始/終了を正確に定義する事はできません。
その為ライフタイムは理論値として推定する事となります。
直感的にはベビー・シルバー利用者の推定ライフタイムを中央値の2ヶ月、もしくは平均値の6ヶ月としてしまうのは如何にも短すぎるように思われます。
ベビー・シルバー利用者の50%の利用月数が2月利用以内に収まってしまうのが自然な事(引っ越しや子育て/介護期間の終了等)であれば、ライフタイムを引き伸ばす事は不可能ですが、不自然な事(売り場のニーズ欠落等)であれば、ライフタイムに対して手を打つ事が可能になります。
そこで以降では、データベース中最過去の2016/10に部門「ベビー・シルバー」を利用した顧客を母集団として、その店舗利用と部門利用の全体的減少傾向(母集団は必ず減耗します)に不自然さが無いか、時系列で追ってみたいと思います。
繰り返しになりますが、自然には抗いようもありませんが、自然で無い人為的な事象には手を打つ事ができるからです。
ベビー・シルバーの利用者を対象としたのは、通常ニーズに終わりが訪れる部門であり、店舗と部門のライフタイムを比較する上において、面白い部門であると考えた為です。
正にライフタイムという感じの長文になりますが、辛抱強く読み進めて頂けましたら幸いです。
ベビー・シルバーを利用したという事はイコール店舗を利用したという事ですので、2016/10=経過0ヶ月目の利用ID数は部門利用と店舗利用が一致し、そこから双方の利用の乖離が始まります。
図からは、経過1ヶ月目でいきなり13%の店舗利用(と部門利用)、33%の部門利用が失われている事が分かります。
店舗、部門共にこの数字は、前出利用月数=1の利用者の割合に近似しています(厳密にはデータ保持期間外に利用していた顧客も、経過2ヶ月目以降で再利用している顧客も含まれます)。
経過1ヶ月目以降についてはなだらかに減耗して行っている事から、月の減耗率(前月比)の中央値を自然減耗と捉えれば 、利用経過一ヶ月目には自然減耗分を除く約12%の顧客が自然では無く店を利用しなかった、約30%の顧客が店を利用しつつも自然では無く部門を利用しなかったと考える事ができます。
自然では無い減耗とは何でしょうか?店/部門の利用が本来毎月連続的に必要なものと仮定すると、以下のような仮説が浮かび上がります。
・利用の結果、店が他店に比較し自分のニーズに今ひとつマッチしていないと考えるカード会員が毎月12%程存在する※
・利用の結果、部門が他店に比較し自分のニーズに今ひとつマッチしていないと考える店舗利用者が毎月30%程存在する※
・自分のニーズにある程度マッチした顧客だけが、自然減耗しつつ、ほぼ連続的に利用を継続している
・利用月数の中央値、平均値は経過0ヶ月目の利用ID数の影響を強く受けており、私たちが直感的に感じる理論値としてのライフタイムは、経過1ヶ月目以降に存在している
※.これら顧客は未利用化もしくは非連続的で極散発的な利用態度に移行していると考えられます。
利用経過1ヶ月目以降については店舗利用、部門利用共になだらかな減少傾向にあります。
減少幅は店舗平均で月約1%、部門平均で月約3%と部門の方が大きいですが、グラフの線形には比例感があり、双方とも共通して3月、12月等に揃って前月比数%(部門で1〜4%、店舗で1〜2%)の利用ID数を取り戻しています。
また部門の利用ID数は経過25ヶ月目時点で経過1ヶ月目のID数の50%を切っています。
減少幅が店舗平均で月約1%、部門平均で月約3%という事は、部門へのニーズが終わっても、店舗利用を続ける人が月約2%居ると言う事で、当然ながら店へのニーズよりもベビー・シルバーへのニーズの方が早くに失われて行きます。
店舗で前月比1〜2%、部門で前月比1〜4%の顧客を取り戻している月があるという事は、それだけの顧客が前月は競合を利用していた(自然でない増減)と考えられます。
経過25ヶ月目で利用者数が半減する事から、ニーズにある程度マッチした顧客限定で見た、私たちが直感的に感じる子育て/介護の推定ライフタイムは倍の50ヶ月程度と推察されます。
ニーズにある程度マッチした顧客の減少傾向は、決定係数R² ≧ 0.99という確度の高い3次方程式に近似します(最も単純な線形近似でもR² > 0.91でした)。
式を正としてシミュレーションしてみると、店舗利用の推定ライフタイムが60ヶ月、部門利用の推定ライフタイムが50ヶ月となります。
近似式の平均下落率(店舗で1%、部門で3%)を自然減耗とすれば、理論値と実績との間の差分の平均(店舗で1%、部門で3%)を競合や特売による自然でない増減と見る事ができます。
初月のベビー・シルバーの利用者の46%が翌月未利用化しても、図のように翌月以降のベビー・シルバーの利用者数は、新店/閉店の影響を除けば毎月ある程度一定数をキープし続けます。
これは、2016/10の部門利用者を母集団としたものと同じような線形が、どの月の部門利用者を母集団とした場合にもある為です。
どの月からも同じような線が引かれるとなると、未来はこのグラフの右側にある訳では無く、全ての月の断面が今の顧客に起こっている事であり、未来の顧客にも起こるであろう事です。
通常ニーズに終わりが訪れるベビー・シルバーの利用者の方が、店舗の未利用化時期が早いのでは無いか?と考える方もいらっしゃいますので、同じく2016/10の店舗利用者の中で、3年間一度もベビー・シルバーを利用しなかった人たちの店舗利用を追ったのが次の図です。
最初の崖は約26%とベビー・シルバー利用者の丁度2倍ですから、ベビー・シルバー利用者の方が初月利用者の翌月利用が多い=店がある程度ニーズに適う確率が高いと言えます。
崖を除いた経過1ヶ月目以降の近似式が次の図です。
決定係数がベビー・シルバー利用者のそれを若干下回る為、次数を上げて6次方程式を採用しています。
この近似式をベースにシミュレーションしてみると、推定ライフタイムは50ヶ月となります。
次数を3次方程式に揃えた場合、決定係数R² = 0.987で、推定ライフタイムは56ヶ月となります。
ベビー・シルバー利用者の推定ライフタイムが60ヶ月でしたから、いづれの場合においてもベビー・シルバー利用者の推定ライフタイムが4〜10ヶ月長く、ニーズに終わりが訪れるベビー・シルバーの利用者の方が、店舗の未利用化は遅いと推察されます。
この理由に敢えて仮説を設けるならば、ベビー・シルバー利用者の方が未利用者(イメージとしては食品・雑貨等の利用者)よりも、フォーマットに対する親和性が高いのでは無いか?と考えられます。
逆説的に言えば、食品・雑貨等にニーズを持つ人の、8割に満たない74%のニーズにしか応えられていない売り場とも言えます。
さて、当初からの2016/10にベビー・シルバーを利用した母集団に戻ります。
ID金額の経過月数による変動は図の通りです。
店舗、部門共に初月のID金額の低さは、翌月に崖から落ちる顧客(以降便宜上”一見さん”と呼びます)が店に落とす金額が少ない事を示唆していますが、店舗で13%、部門で46%に及ぶ一見さんのID数の多さと、その一見さんが毎月発生している事を考えれば、それも売上を大きく支えています。
基本的にはライフタイムというよりも、潜在的なものも含めた利用ID数=顧客自体にバリューがあるのだと言えそうです。
グラフを見てみると、利用者の減少と共に店舗利用のID金額は上昇傾向にあり、ベビー・シルバーのID金額は減少傾向にありますが、概ね「利用する人はそれなりにお金を落としてくれている」と見れば、利用ID数を売上の説明変数と見る事ができます。
ID金額については予測に不適な線形である為、代表値として経過0ヶ月目を除いた中央値を取ってみると、店舗で11,496円/月、部門で2,618円/月となりました。
概算ですが、これに前出の推定ライフタイムをかけ合わせる事で、金額ベースのLTVを算出する事ができます。
店舗にとっての顧客一人の金額LTV = 11,496円/月 × 60ヶ月 = 689,760円
部門にとっての顧客一人の金額LTV = 2,618円/月 × 50ヶ月 = 130,900円
ニーズがある程度マッチさえしていれば、一人の顧客には理論上これだけの金銭的価値があるという事です(ここに平均的な粗利率を掛け合わせる事でLTVとなります)。
自然減耗を遅らせようとする事は、極端に言えば顧客の寿命や引っ越し予定を伸ばす事ですので、そのような不遜は除外します。
ニーズにある程度マッチした顧客に対する、競合の影響による自然でない増減(店舗で±1%、部門で±3%程度)を極力抑えるという手もありますが、グラフの線形の安定を考えれば、影響は限定的です。
真の課題は売り場で顧客のライフタイムが開始される事を妨げている毎月の崖という不自然な減耗を何とかする事にあります。
崖に対して採り得る政策は大きく以下の3つです。
理論上、毎月の新規顧客の流入を今より増やせば、切片が大きくなる事でグラフの線形はそのままに、利用増が期待できます。
当月初利用と目される顧客が月内に18.6%程度存在する為、カード会員入会特典に翌月利用を促すようなものを加えれば、崖の傾斜が多少緩やかになる事が期待できます。
重要な政策ですが、仮説からすればそのままでは翌月もそこにニーズは存在しない為、基本的には崖が二段構えとなり、崖から落ちるのが1月伸びる顧客の利用が幾らか増えるだけです。
仮説からすると、崖の存在そのものが他店比でのニーズのアンマッチに由来します。
ライフタイムを自店の売り場で開始さえしてもらえれば、後はおよそ自然減耗の線に乗ってもらえるであろう事はここまで見て来た通りです。
他店の”近さ”、”安さ”といったニーズもある為、100%の顧客のニーズに応える事は不可能であり、崖が存在し続ける事は避けられませんが、例えばチェーンストアが利用者の8割のニーズに応えるものとするならば、店舗未利用化分13%と、自然減耗分3%を除くベビー・シルバーの不自然な下落率30%を、20%に改善する事を目指します。
”安さ”については”近さ”に風穴を開ける程の仕入れ力があれば別ですが、必ずしも”地域一番”で無くとも、”近いから”で妥協できる範囲の値決めが必要です(”近さ”を生み出すのは出店政策です)。
ベビー・シルバーについては「これしか合わない」といった品揃えセンシティブな側面も強い事から、やはり”近いから”で妥協できる範囲の品揃えと、その存在の見つけ易さ、選び易さも重要になって来ます。
追加の仮説としては、崖の大きな店舗や部門、カテゴリー程、顧客ニーズから乖離が大きいと考える事ができます(集計単位として月が適切か否かは利用頻度によります)。
また、ニーズがそれなりにマッチした顧客がロイヤル顧客やリピーターですから、そのような顧客に絞り込んで分析、売り場づくりしていては、崖の歩留まりは一向に改善されません。
一夫多妻的な下世話な例えで恐縮ですが、崖のはじまりを高くする事は、婚活回数を増やすようなものです。崖の傾斜を緩くする事は、プレゼントを餌に次のデートに誘おうとするようなものです。崖の歩留まりを改善する事は、自身を磨きマッチング率を上げようとするようなものです。
確率的にはどれも大事ですが、一生一緒に居てくれやと相手に願う(理論上は有り得ませんが)のであれば、自身はどうあるべきなのでしょうか?
いづれもライバルとの相対的評価あってこそなので、何を強みとすべきかは相手次第でもありますが。。。
以上LTV、中でも特にライフタイムについてでしたが、LTV自体はあくまでも理論値 =「大体そんな感じのもの」に過ぎません。
ライフタイムを伸ばす事よりも、毎月発生している崖の歩留まりを改善する事=市場のニーズに応え続ける事が肝要であり、畢竟ID金額(客点数や利用頻度)の改善についてもそこに依拠するものと考えます。
市場の自然な流れを捻じ曲げるのでは無く、市場の期待に応え続ける事、顧客を変える不遜では無く、自ら変わる謙虚さこそが必要です。