やりがいのない「忙しさ」を捨て、「商い」の調和を生む
「かちょーの戯言なんて下らない長文、サボりしか読まねーよ!」
そうかもしれません……
でも、サボりはサボりでも「略式サボり」と「戦略サボり」がある。今回はそんなお話です。
GWのかなりの時間を、この下らない長文の執筆に割くという「思いつきの方針」で書いた本記事ですが、きっと皆さまの商いのお役に立てると思います。
サラリーの不足分をサボリーで頂いている「サボリーマン」の私が言うんだから確かです(ごめんよ!部長!)w
自分で言うのも何ですが、内容は下の目次の通り、サボってません。
※注記1: 本項は長文の中に標題にもあります「忘れ物」「アホウドリ」「洗濯機」をはじめとした多数のメタファー(比喩)が繰り返し登場します。中には同じメタファーが良い意味と悪い意味の両方で使われる場合があります。皆さまの脳の認知に負荷をかけることは筆者の本意ではありませんが、途中で混乱されてしまった場合お手数ですが、巻末の対応表をご参照いただけますようお願い致します。これはすべて、筆者の筆の拙さと、文頭で手品のタネ明かしをしたくない、謎解きのような知的な面白さを演出したいという面白がりのエゴによるものです。どうかご容赦の上、お楽しみいただけましたら幸いです。
みなさんも漏れなく、忘れ物の一つくらいした事があると思います。
かく言う私も先週末、日帰り温泉に着替えを忘れて来ましたので、これから89.9km(GoogleMap調べ)先のその温泉まで、着替えを取りに行かなくてはなりませんorz
記事の書きはじめと書き終わりには時差があります。ご容赦願います。
よく「忘れ物無い?」と聞かれますが、そもそも意識していない場合は勿論、「これは持った、あれも持った」と意識してすら、魔法のように手にしていないからこそ「忘れ物」な訳ですw
それを避ける為にメモ(外部デバイスメモリ)が存在する訳ですが、今度はそれを取るのを忘れる、持つのを忘れる、開くのを忘れる、あるいはそもそも取った内容に抜けがある……頻度の差こそあれ、忘れ物をしない人はいないのではないでしょうか?
忘れ物を完全に避けることはできません。
「かくも人間の脳というのは、認知をサボりがちです。」
「イミダペプチド」ってご存知でしょうか?
遠大な距離を飛び続ける渡り鳥の「胸」、眠ることなく泳ぎ続ける青魚の「尾」など、物理的に激しく稼働し続ける部位=疲労する部位に集中する抗疲労成分です(身近な食品の中では、飛べない鶏のむね肉に最も多く含まれている程です)。
では、人間の部位の中で、イミダペプチドが集中しているのはどこだと思われますか?
大腿?腰?心臓?
答えは、「骨格筋」とならんで、物理的には一切可動しない「脳」です。
「認知をサボりがち」と言われながらも人間の「脳」は、その実渡り鳥の「胸」のように激しく動き、人間の「部位」の中では最も疲労しているのです。
デスクワークで目や肩が疲れるのも、脳が近隣部位からイミダペプチドを奪ってまで、ブンブン稼働し続けようとするためではないか?とさえ思えて来ます。まさに「考える葦」です(ですから、鶏むね肉は私たちの疲労と脳にとても良い!)。
そう考えると人間の脳の「認知のサボり」という避けられないスペックは、あながちバグなのではなく、渡り鳥における「滑空」に相当する生命線だからこその、極めて高度な生存戦略なのではないか?と思えてきます。
常に羽ばたき続けては、鳥も遠くへ飛べますまい。
気流を読み、重力と揚力を利用し、羽ばたきを最小限に抑える。
滑空が上手い鳥が、遠くまで飛んで行ける鳥です。
ワタリアホウドリ。海面スレスレの気流の速度差を利用した「ダイナミック・ソアリング(動的滑空)」という技術を使って、一度も羽ばたくことなく数千キロ(!)の海原を移動する。
「認知のサボり」もとい「認知のオフ」という私たちの脳のスペックもまた、長く飛び続けるためのアーキテクチャなのです。
問題はどこで認知をオンにし、どこで認知をオフにするか?にあります。
遠大なる忘れ物の言い訳ついでに言っておきます。
仕事を詰め込み、脳をフル回転させ続ければ、私たちはすぐに失速してしまいます。
「常に忙しい」のは「生産的」とは言えません。
フルパワーの羽ばたきは、重力に抗う離水時、次いで上昇時にこそ必要です。
酷い向かい風や嵐の際には、鳥はあらかじめそれを予期して、丘でその羽根を休めます。
むやみに羽ばたかない事、休む事、それが自然が与えた 本当の「賢さ」です。
(私たちに本当の賢さを教えてくれるのが、人間が「アホウ」と名付けた鳥であるというのもツボですねw)
そんな事を考えながら、私がまだ件の日帰り温泉に出立していないのは、出立直前にふと「天気予報」を見てしまったからです。
「明日は雨か。じゃあ出立前に洗濯機を回して、干してから出掛けよう」と思いつきました。
朝飯に立ち寄ろうと決めていた定食屋の開店時刻には間に合いませんが、自分で決めた事です。
それにも関わらず、私は洗濯機の示す残り時間「33分」にジリジリし始め、「洗濯機はもっと進歩できないものか?」と、まるで自分の出立を洗濯機が制約しているかのような苛立ちを感じはじめていました。
この洗濯機のスペックや天気のように、変えられないモノや環境を「物理制約」と呼びます。ホモ・サピエンス誕生以来進化していない私たちの「脳のスペック」もまた物理制約です。
私たちは往々にして、これらの「せい」で自らが制約されていると考えがちです。
しかしこの間抜けな例が示す通り、私を足止めしている本当の制約は、「出立『直前』に『ふと』天気予報を見た」という私の思いつきと、「干してから出掛けよう」という私の思いつきです(「思いつき」もまた「認知のサボり」に起因します)。
いわば方針の甘さと、そこから急遽立てた方針そのもの……
これらを物理制約に対して「方針制約」と呼びます。
自らの思いつき=方針制約を、いつの間にやら天気や洗濯機のスペックという物理制約のせいにすり替えている。
これは私たちの日常に溢れ返っている光景です。
私たち「洗濯機」の能力を、上司は「物理制約」と考えるでしょうが、上司の甘い思いつきや突然の指示こそが……
いや、偉そうに人様のエゴを指摘している場合ではありません。私も一応かちょーではあるんでw
実際に私自身が仕事の現場において「洗濯機」のせいにしていた「方針制約」についても触れておかねばフェアではありません。
この記事は、あくまでもID-POS分析「BiZOOPe(ビズープ)」を売るために書いているものですので、BiZOOPeの商いの例でお話させていただきます(それで売れるの?w)。
そのBiZOOPeですが、5月だけで分析メニュー「ニーズの見える化」に関する計6つもの新機能を無償でエンハンスリリースします。
凄く無いですか!?『市場に寄り添い、常に進化し続ける ID-POSクラウドサービス』!
さすがBiZOOPe! 競合にできないことを平然とやってのけるッ そこにシビれる!憧れるゥ!
……それなのになぜ、BiZOOPeは売れていないのでしょうか?
なぜ、市場はBiZOOPeを理解しようとしないのでしょうか?
そんなふうに考えていた時期が俺にもありました…
エンハンスがバンバン出ると言う事は、裏を返せば設計を思いついた当初から「市場をそこまで深くは理解していなかった」という証明に他なりません。
「これで行ける!」「理解すべきは市場の方だ!」(そこまで高慢ではないですがw)と思ったからこそ、当初バージョンをローンチした訳です。
先の例で言えば、自らの思いつき(方針)を棚に上げ、市場を思い通りに動かない「洗濯機(物理制約)」扱いしていたのです。
そう。多くの場合、私たちは 制約は洗濯機、もとい市場にある と考えがちです。
しかし市場は、私たちの方針に対して「売れる/売れない」という反応を返すだけの「鏡」に過ぎません。
売れるも売れないもあなたの鏡。
市場を理解するというしんどい認知をサボって、思考停止で「これで行こう!」と立てた方針こそが、私たち自身を制約しているのです。
そして市場が私たちの「鏡」である以上、「市場を理解する」とは、私たち自身の方針を、実際に市場に映し込んだ際の醜さを「メタ認知」するという、痛みを伴い、ひどくしんどい脳の使い方(羽ばたき)です。
他人事じゃあありませんw
「売れ筋を残してあとを絞り込む」「競合のプライスラインに合わせて品揃えをする」「単価が高いものを買わせる」「買っていない人にプラス一品売り込む」「顧客を育てる」……私同様、みなさまの 売り手都合全開w の方針の数々も、きっと自らを制約しています。
「ほらみた事か!日頃から顧客を慮れと言ってるだろう!」そう言う課長さん(私?w)も、現にそのリソースを購買/採用、配置して、自らの方針に則って動かそうとしているという事実を、努々忘れてはなりません。
かように部下であれ、上司であれ、私たちを制約しているのは、あとからやって来た原油高や円安、少子高齢化や競合、あるいは上司/部下といった『洗濯機(外部環境)』のせいではありません。
本当の制約は、明日の天気が決まる前、洗濯機が回りだす前に、当人が作り上げていたのです......
制約は認知のサボりが生んだ、私たち自身の『方針』にあります。
市場と調和しない方針は身勝手な方針であり、身勝手なコンパス(羅針盤)は、私たちの渡り先を狂わせるだけのものです。
一方で、もしも私のエゴが思い描く通り、市場が無条件にBiZOOPeをちやほやしていたならば、私は驕り高ぶり、慢心によってイノベーションの羽ばたきをサボって、BiZOOPeは一気に失速して行ったことでしょう。
やがてどこかのスタートアップ企業が、破壊的イノベーションを巻き起こそうと羽ばたきはじめた時、私とBiZOOPeはとんでも無い事態に陥ります。
例えるならそれは、100店舗150坪の薬粧店が、1店舗からはじまった各社各様の400坪のフード&ドラッグにジリジリと囲まれて行くような事態です。
100のレガシーが野火のように負債へと変わって行く中、それを手放す事もできず、闘志満々のスタートアップたちと、重い腰を上げて戦わねばならないハメに陥ります。
その時、そんな気概が残っているでしょうか?「客数を増やすには」「売上を増やすには」と小手先の検索をしている場合ではありません。時既に遅しです……
ドラッグストアが30店舗もあれば大手だった時代、「回転差資金だけでは競合の出店スピードに勝てない!」「月次決算こそが法人格の証明!」とホラを吹き、基幹系を売りまわっていた私は思い返します。
ダイエー ⇨ ヨーカドー ⇨ セブン ⇨ イオン……次はPPIH、トライアル、コスモス、オーケー、ロピア、どこが来るんでしょうか?
ですから、どうあっても「競合」という存在は、定常的に必要なものです。
競合があるからこそ、市場という鏡はフェアな、けれども時に痛みを伴う結果(新陳代謝)を、私たちに返してくれます。
新陳代謝が企業間で起こるのであれば、それは私たち自身が、市場に向き合うというしんどい認知をサボって、新陳代謝を避け続けて来たという証明でもあります。
また「フェア」な競争があればこそ、私たちはそこに羽ばたくためのヒントを見出すことができます(常日頃忙しく羽ばたき続けるという「手段の目的化」が「方針」であれば、そんな余裕も無いでしょうが……新陳代謝が起こらない訳です)。
※注記2: 以降の章では便宜上、経営層や管理部門の業務を厳しく表現している箇所がありますが、これは「特定の役職の人」を非難するものではありません。置かれた状況次第で「私たちの誰もが陥りがちな『方針』の罠」としてお読みください。
こと仕事に関して言うならば、私たちを映し出す鏡には「市場」の他にもう一枚、「社内」があります。
同じ鏡ではあっても、社内という組織の構造は、私たちを取り囲む鏡の中で唯一、ピラミッド状の形をしています。
故に、ピラミッドの上に行けば行くほど社内の「競合」は減っていきます。
これはここまでの原理上、自らの方針を正してくれる「フェア」で痛みを伴う結果(反射)が、返って来なくなること、組織内での生存の為に必死こいて「羽ばたく」必要が無くなってくることを意味しています。
同じくピラミッドの上に行けば行くほど、「市場」に敢えて自分の姿を(強いて美しさよりも醜さを)映し込み、「メタ認知」するという、痛みを伴い、ひどくしんどい脳の使い方(羽ばたき)をすることも減っていきます。
当然私たちは、市場からも社内からも「ほらみた事か!日頃から顧客を慮れと言ってるだろう!」などと言われる痛みを避けたい生き物です。
先の章での私とBiZOOPeの件からもお分かりの通り、フェアな結果に翼を折られ、再び痛む翼を広げ、羽ばたこうともがき続けるよりも、しんどい脳の認知はサボってちやほやされ、「 日頃から顧客を慮れと言ってるだろう!」と言う側に立ちたいのですッ!
......もしかして私だけ?w
そもそも相乗効果を求めない、「私ともう一人で売上二倍」程度の計算(方針)では、その「もう一人」のコストを下げない限り、「私の儲け」は増えません。
またその方針は、人数を増やすほど『収穫逓減の法則』により計算通りに行かなくなります。そんな現実の中で、「私の儲け」を守るためにはどうするか? 最初の「もう一人」の不満を回避するためにはどうするか?
ピラミッドの下に後から入ってくる「もう一人」、そのまた「もう一人」のコストを順繰りに、人数とは逆のピラミッド状に下げて行くことで、なんとか辻褄を合わせるしかありません。
※.図のグラフはコストのピラミッドを4等分した時の断面の一つ(直角三角形)を示します(実際は全方位にこの階層が形成されています)。
組織図をひっくり返して書こうが、こればっかりは変わりません。すなわち実質上は何も変わらないという事です。
しかし、もし前提条件が同じであったならば、万人のエゴが同じ方針を立てるでしょう。
こうして、市場の痛みへの堤防を厚くして、コストがかかる人は少なく、かからない人は多く配置していく。
そういう方針の下、組織は自ずとピラミッド状になります。
そこには「そういうものだ」という私たちの伝統的諦観(思い込み?)もあります。
大きなピラミッドの先端付近には、現場には伺い知れぬ「三枚目の鏡」が待っている場合もあります。
それは市場は市場でも、私たちが商品やサービスを売る「本業の市場」ではなく、「株式市場」です(現場には伺い知れぬことからもお分かりの通り、実態として「組織全員に共通して大事」なものではありません)。
市場という生々しい鏡には「現場」という堤防、社内という生々しい鏡には「ピラミッドパワー(重力への諦観)」がありますが、株式市場という鏡にはそれがありません。
ですからそれに対峙する立場の人々にとっては、最も辛辣な評価を容赦なく突きつけてくる、唯一にして最大の恐怖の対象です。
ただし、株式市場という鏡への「入射」は、品揃え、鮮度、価格、接客といった複雑で誤魔化しの効かないものでは無く、数字と『市場に寄り添い、常に進化し続ける ID-POSクラウドサービス』のようなIRが基本です。
その鏡からの「反射」は、やはり日々の売上、ロス、在庫残、クレームといった心痛めるものでは無く、年に一日の生々しい株主総会さえ何とかやり過ごせば、株価というゼロサムゲームの数字に過ぎません。
それでも株式市場に対峙する立場の人々が、売上の計上方法や、原価の計算方式、あるいは組織運営形態やコンプライアンスにおいて、現場の「商い」「市場への貢献」にブレーキをかけ、口角泡を飛ばしてまで「数字とIR」に執心する理由は、この恐怖にあります。
例えば「移動平均法」。これは「単品の粗利が分かる」という理由で、監査法人もAIも推奨する原価計算方式ですが、そんなものはまやかしです。このページでも度々言及してきた通り「全てが大事」は「全てが大事ではない」ことと同義です。すべての単品の粗利を算出したところで、人間の認知能力では極一部の単品にしかそれを活かせません。にも関わらず、管理負荷とコンピューティングコストだけは、全単品分が毎日現場にのしかかって来ます。一方で基幹系の営業をしていた頃に驚いたのは、自社の原価計算式をちゃんと理解している経営陣が、ほぼ皆無だった事です。現場に至っては、自社が何法を採用しているのか?何の為にその伝票を切らされているのか?すら知りませんでした。正にやりがい無き忙しさそのものです(私は税務会計(法的義務)上問題がない範囲で、最もサボれる原価計算方式を推奨します)。
「移動平均法」を採用すると、市場からの「儲け」は増えるのでしょうか?
「部門別採算管理」も同様です。部門ごとに採算を分断して評価することは、ある部門のお得意さんが気に入って買っている、別部門のニッチ商品が容易にカットされる事態を容認します。もしそれが、そのお得意さんの来店動機であったとしたらどうなるか?これは「併買」という顧客の現実、「ワンストップショッピング」という自らの方針、つまり市場の有機的な繋がりを無視した方針です。
「部門別採算管理」を採用すると、市場からの「儲け」は増えるのでしょうか?
このような方針の影響は、バイヤーと情報システム担当者のような異なる職能を、「予算内で不満がでないように評価する!?」という、奇妙奇天烈な「人事評価制度」にまで及びます。
こんなこと書きながらなんですが、「部下を評価する/育てる」という教育的方針には、個人的に「私が上である」、「人はコントロールできる」という傲慢さを禁じ得ません。
っていうか……嫌なんすよ!温泉に着替えを忘れ、洗濯機にイライラするポンコツ認知を棚に上げ、それでもって働く仲間であるウチの衆らを評価するの……「部下」という言葉すら使いたくない!
「月給は年功序列、ボーナスは割り勘で堪忍してくれ!評価なんて気にせず、もっと稼いで、もっと儲けようぜ!」って叫びたくなっちゃう!……市場で 勝てばよかろうなのだァァァァッ!! w
このような市場からの「儲け」とは無関係な「仕事」と見做されているものの多くが、如何にも「ビジネス」「サイエンス」な石仮面を被った、数字とIRという「辻褄合わせ」(本当に辻褄合ってる?w)であり、忙しさの「自家生産」と「自家消費」です。
組織は従業員の成長を阻み、株式市場は組織への退化の脅迫となってしまっている......
人一倍従業員に成長を求める社内、企業に成長を求める株式市場(顧客も現場もそんなものは求めていないw)の割には変なもんですw 所詮人間の認知が作り上げた虚像という事なのでしょう......
これは、私のような気楽な稼業からしてみれば、言っても「誤魔化せるw」ものばかりなのですが、そうとは存ぜぬ市場(顧客)の立場からして見れば、本来自分たちに真摯に向けられるはずのリソースの私用であり、背任に等しい行為です。
もっと巨大なピラミッドであれば、メディアという4枚目の(歪んだ?)鏡の恐怖にも対峙しなければならないでしょう。
いやはや......仕事に限定してすら、私たちの周りは鏡だらけ。思い通りに動かない洗濯機だらけで、気がつけばいつの間にか、私たち自身も思い通りに動かない洗濯機、それも何にでも使える「万能洗濯機」として、誰かにジリジリ待たれています......orz
残酷なようですが冒頭で定義した通り、これらは決して私たちの力では変えることのできない 物理制約 です。変わることを期待したり、教育的方針をもって挑んでも無駄(と言うか、防衛的エゴの反発をくらってブルドッグのように吠えられ、どうにも逆効果orz)なのです。
ニッチもサッチもどうにも…
物理制約にこそ「洗濯機の待ち時間」に対するような、能動的諦観が必要です。
であるならば論理的帰結としては、私たち個人が私たち自身の「方針」を定めるしかありません。
では、このどうにもならない物理制約だらけの世界で、私たちが唯一頼るべき私たち自身の「方針」とは何なのでしょうか?
経営者にしろ現場にしろ、本を正せば私たちは「食品スーパーマーケット/ドラッグストアをやりたい!」と一店舗から事業をはじめ、「食品スーパーマーケット/ドラッグストアに勤めるんだ!」と青雲の志を抱いて仕事をはじめた筈です。
自ら望もうが、不承不承流れ着こうが、少なくともそれが、私たち商人を駆り立てる「エゴの本質」だった筈であり、社内や株式市場にお尻から駆り立てられ、使役されているようでは、商人の名折れです。
事業=やるべき事
仕事=仕えるべき事
そのやるべき、仕えるべき「事」とは、企業の究極の目的である「今日から将来に渡ってお金を儲け続ける事」です。
誰もが最初は、それが やりたい「事」だった筈です。
「ワンチャン騙くらかして☆」では無く、やりたい事を「続ける」「続けたい」のであれば、自ら定めた市場を「理解し続ける事」、自ら定めた市場に対して「正しく在り続ける事」が、やるべきで、仕えるべき事です(ちなみにBiZOOPeのようなシステムの「仕様」も、正しくは「市場に対しての正しい仕え様」です)。
まず、これを私たちが食い扶持を得るための「仕事」と定義しましょう。
一方で仕事の「正しさ」なんて、最初っから分かっていたら苦労はしません。誰にも分からないのです。
ですから、私たちの仕事ぶりに対する市場からの反射(続けられそうか否か)を、私たちの飛行方針を導く「羅針盤」としましょう(要エンハンスです)。
......と、まだるっこしい理屈をこねくり回しましたが、何のことはない「商い」こそが私たちの仕事であり、「市場」こそが私たちの羅針盤である。
ただそれだけの事ですw
ですから、方針は実にシンプルです。
自分の中で「ひいては」というこじつけが必要では無い、商いに関する仕事への方針と、自分の中で「ひいては」を含む、商いと関係ない雑用への方針、その2つを立てるというだけです。
会社が望んでいることも、株主が望んでいることも、畢竟「本業である市場からの儲け」の筈なのですが、圧倒的なそれに至るまでの間、近江商人の商売の哲学「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」の通り、敢えて世間(社内や株式市場)との不調和(対立)を選択して波風を立てるというスタンスをとっても、商売にとっては悪手なだけですので......
まず雑用への私たちの方針ですが、市場という羅針盤と調和しない、商いのゴールなき雑用が、私たちへの「追い風」になることは、まずありません。
かと言って、真正面から全力でやっても、不調和を恐れずに全力で拒否しても、私たちの商いの翼に支障をきたし、私たちを真の飛行経路から遠ざけるだけです。
ですから、ここは「洗濯機の待ち時間」だと割り切ってイライラせず、できるだけ翼を動かさない「略式滑空」で、風なりに流され、涼しい顔してやり過ごしてしまいます(早い風を翼下にモロに受ければひっくり返ってしまいますが、翼上を上手く流せば、流体力学的には組織や株式市場を俯瞰(メタ認知)する「揚力」に変わりますw)。
私たち同様、相手もまた「人間」。詳細に「認知し続ける」ことなんて出来やしません。
真面目な人ほど、羽ばたかないことに罪悪感を覚えるかもしれません。
しかし、これは私たちの仕事=商いに全振りするための温存、『戦略』なのです。
次いで商いへの私たちの方針です。
雑用という逆風や横風に進路を邪魔されながらも、競合に先んじるためには商いに全力を尽くしたいところですが、前述の通り羽ばたいてばかりいてはすぐに失速してしまいます。
見果てぬ商いの地平を目指すのであれば、離水、上昇といった「ここぞ!」の局面で全力で羽ばたきつつ、上手に「戦略滑空」して行きたいものです。
民明書房刊:「アホウドリもビックリ!流体力学に学ぶ『楽しく儲ける』仕事術大全」
これこそが最も高度で、最もご機嫌に稼げる仕事術「ダイナミック・ソアリング(動的滑空)」という、アホウドリから学ぶ「戦略的サボりの秘奥義」ですw
アホウドリが海面の気流を読むように、私たちが読むべきは市場の『ニーズ』です。
それを滑空時の『揚力』に変えるのは、顧客の存在です。
失速を恐れて無駄に羽ばたくことを止め、顧客が本当に求めているニーズの気流へとしなやかに翼を預ける。そんなニーズを徐々に増やして行けば、多くの顧客が自然とあなたを上空へと押し上げてくれます。
「全方位にガチ」であろうとすることが、「全てが大事」=「全てが大事ではない」に繋がり、「人それぞれの大事」の分散と偏り、すなわち「方針の違い」を巻き起こしています。
それが不幸にも、理論上唯一組織全員の「共通して大事」「共通してやりたい」、すなわち「方針」を束ね得るものである「商い」を、粗末に扱う結果となってしまっているのです。
よってこの方針だけは「忘れない」。たとえ忘れても、折りに触れ「思い返す」べき方針です!
※.もしも飛び立った空の上で、吹きすさぶ風のどれが『やり過ごす風(雑用)』で、どれが『乗るべき風(商い)』かが分からなくなってしまった時には、『仕事を8つに区別する棚卸表』が、あなたの道標となるかもしれません。
「なんという不謹慎な提案だ!」と思われますか?
私たちの事業、仕事を制約する「制約条件」とは、私たちが「今日から将来に渡ってお金を儲け続ける事」を制約する、物理制約/方針制約を指します。
ここで私が立てたこの2つの方針は、これを制約する「『事』に反する」ものでしょうか?
また、仕事における「フェア」とは、現場視点から見ても、経営視点から見ても、少なくとも論理的に同意できるものです。
この2つの方針は、「アンフェア」なものでしょうか?
感情では無く、それが「答え」です。
誤解を恐れず「悪い言葉(ウチの三歳の孫に良く言われるw)」で言えば、商いのゴールなきサボりが「略式滑空」、商いのゴールを目指すためのサボりが「戦略滑空」といったところですw
市場には傷ついても、それ以外のものには傷つかない。市場には仕えても、それ以外のものには仕えない。
それが、決して私たちの力では変えることのできない 社会という物理制約との「調和」を図る、私たちアホウドリの気高い方針、「働く仲間の方針」 です。
やれ上場企業だ、単品管理だ何だという「誇り(プライド)」は、商いには屁の役にも立ちません(むしろ逆効果)。
非上場でも、部門管理でも、私たちより稼いでいるところ、顧客に愛されているところはいっぱいある。商人としての「矜持」に勝るもの無し!
なぁ〜に大丈夫!どれだけ先を飛んでいるように見えたとしても、自分の仕事、方針すら理解、区別できていない連中(含、競合)は、遅かれ早かれ疲れきって、失速してしまいますって♪ だって世の中、そうなるようにできてるんですもの。
『 It`s Not Luck 』
手ぶらで渡り先へと辿り着く賢いアホウドリとは違い、私たちは自身の仕事が「商い」である事すら忘れ、辻褄合わせに全力で羽ばたき、疲弊してしまう野生を忘れたアホウです。
そんな私たちをゴールへと導くのに、データという管制塔があった方が良いのは言うまでもありません。
「データドリブン」という言葉があります。
これは「客観性」すなわち「メタ認知をもって駆動させる」という意味であって、決して「データに駆り立てられ/使役される」ことではありません。
本来のデータドリブンは、「売りたい/儲けたい」という暴走し勝ちな私たちの自我(エゴ)のパワーを、迷走させずにゴールへと導く為に、データを用いて私たち自身が、私たち自身の認知を厳しく管制するということです。
問題はやはりデータという「洗濯機」にでは無く、マーケットの「風(気流)」に乗るための、売り手のエゴ、買い手のエゴという両翼のバランス。それに応じた管制データの選択と見方※という、私たちの管制方針にあります。
※.ID-POSデータも、「商品∩顧客」では無く、「商品∪顧客」という見方であれば、右旋回、左旋回のどちらにでもなり得ます。「商品∩顧客」という両者のエゴのメタな認知こそがマーケットドリブンであり「破壊的イノベーション」です。
前図からお分かりいただける通り、私たちが最も楽に商いの地平を目指せる管制方針は、市場という鏡からの反射をメタに認知し、売り手のエゴ、買い手のエゴという両翼のバランスを調和させることで、まっすぐ安全に飛行する「マーケットドリブン」です。
自らの飛行姿勢(方針)をメタに見つめ直すというのは、なかなかにしんどい(痛みを伴う)ものですが、市場というフェアな「鏡」に自らの歪んだ方針を映し出さなければ、うまく気流に乗ることはできません。どうせ痛みを伴うのなら、社内のアンフェアな鏡ではなく、市場というフェアな鏡の前で『正しく傷つく』べきです。
だからこそ、顧客の真のニーズをありのままに映し出す「計器」が、私たち自身の管制には必要です。
皆様そのために必要な、なにか肝心なものをお忘れではありませんか?
差し出がましいようですが、敢えて声に出しておきますね。
「マーケットドリブン」と言えばなんだったでしょうか?
(ここからBiZOOPeイメージキャラクター『びず夢ちゃん(びずむちゃん)』の声で)
みんなぁ〜!お客さんの「忘れない」も「ついつい手が出る」も思いのまま♪
商人のご機嫌な「認知マジック」に必要なタネと仕掛けと言えばぁ〜!?
市場の声なき声を可視化して、みんなの認知を助ける、マーケットドリブンな「管制塔」「飛行地図」と言えばぁ〜!?
BiZOOPe(ビズ〜プ)!
そう!大正〜解ッ♪
あなたの商いのために、BiZOOPeを採用するという「方針」も、どうかお忘れなくw
〜 BiZOOPe、あなたの商いに 翼をさずける 〜
【図解:商いに働く「揚力」】 市場のニーズ(気流)に対して、適切な仰角(エゴの調和)で「翼」を預けることによって、ビジネスを上向きに押し上げる力(揚力)が発生する。仰角がまずかったり、無駄に羽ばたけば(エゴの不調和)、途端に気流が乱れ(顧客の心が剥離し)、ビジネスは失速する。これは気流の問題(物理制約)ではなく、翼側の問題(方針制約)である。