やりがいのない「忙しさ」を捨て、「商い」の調和を生む
通勤替わりの毎朝の裏山登りを、雨予報で断念したのにスカされた次の朝 ―
徒然なるままにAI(NotebookLM)と、『ニーズの見える化(Tapir)』の「マーケットセグメントの呼称」について話し合っていました。
現状の売り手視点の『目的範囲 > 選択範囲 > 選択肢』という呼称を、買い手視点でキャッチー(?)な『マイスタイル > マイニーズ > マイチョイス』に変えるというのはどうだろうか?と ―
今回はその時のAIとの、「視点」と「観測」についての『とんち問答』から着想を得たお話です。
終盤では敢えて、私とTapirの不完全性を証明してご覧に入れます(結果的にそこに辿り着いちゃったんで、仕方がないw)。いつもと違い短編ですので、お気軽にご笑覧ください。
※1.理論上、マーケットは「エゴの調和(モノ∩ヒト)」であり、「分類」はあっても「視点」はありません。よって、「売り手のエゴ」からの視点、「買い手のエゴ」からの視点、どちらか一方の視点からの呼称を採用する必要があります。
※2.結論として今回は、「売り手のエゴ(モノ)」からの視点を採用し、マーケットセグメントの呼称は『目的範囲 > 選択範囲 > 選択肢』のままとしました。なぜならば、その「売り手」こそが私(システム屋)にとっての「買い手」であり、私たちにコントロールできるのが「ヒト」ではなく「モノ」だからです。
※3.但し真の「理解」という意味では、もう一方の視点『マイスタイル > マイニーズ > マイチョイス』が存在することも理解しておく必要があります。この辺がTapirの、そして私たちの「商い」の「難しさ」でもあります。
市場観測 〜 見えないコトを見ようとして 〜
多くの場合、一人のヒトの中には「売り手」と「買い手」の二重性があります。
一方で量子力学における二重性同様、私たちは「マーケット(市場)」という場を、売り手としては「粒(モノ)※1」、買い手としては「波(ココロ)※2」でしか観測することができません。
※1. 売れ筋/死に筋といったモノの集まりと動きの認知。
※2.「こっちの方が経済的!」「やっぱあっちの方が美味しい!」といった、市場からの波の干渉と、”個”としてうつろうココロの波(認知)の変化。
モノと違い、とりわけ個である「買い手としての私たち」は、「確率的な存在」です。
波の例えで言うならば、マーケットの海原にたゆたう「泡」である「買い手としての私たち」は、一つのマーケットセグメントという波の上や波間に、いつまでも留まり続けることがありません。
自身に押し寄せる波=「状況(外的/内的)」の変化と、自身のさざめく「価値観(ココロ)」のうつろいによって、ある時点ではこちらのマーケットセグメント、次の時点ではあちらのマーケットセグメントへと、たゆたう泡のように遷移(併買/非併買化)して行きます※。
※.一定期間遷移せず、一つの波の上や波間を、たゆたい続ける泡(非併買)もあります。
確率的な個という泡が寄り集まった、粗々な「泡の群(まさに「our(アワ)」w)」がマーケットセグメントであり、その「群の分布」が、マーケットです(軽々に言われ勝ちな言葉ですが、「変化するマーケット」、「市場の変化」とは、こんなイメージです)。
『ニーズの見える化』画面例。 ビール売り場という海原の中に「目的範囲 > 選択範囲 > 選択肢」という「粒(モノ)」の群(クラスター)を見ることができる。
各群それぞれが、「波(ココロ)」という経糸と「粒(モノ)」という横糸から織りなされた接点の網、両者のエゴの積集合(∩)である「場(マーケットセグメント)」を現している(※.買い手視点から見れば「お買い物地図」)。
さて、翻って私自身の「観測視点」について考えてみます。
私は自身の「買い手(最終消費者)」という二重性の観測視点の一方(強く、無責任な観測視点)から、「売り手」である流通業に、「買い手を慮り、寄り添うべきだ!」とやり勝ちでした……orz
けれども、流通業が私(システム屋)にとっての「買い手」です。
当然ながら私の観測視点は「売り手」として、流通業を「買い手(不確定な群)」に位置づけ、「慮り、寄り添う」ものでなくてはなりませんでした。
なのに本末転倒、この有り様です……お笑いくださいw
唐突ですがここで、これまでの考察が「『AIの回答』が『しっくり来ない』」理由と、今シナプス💡してしまいました!w
私は「個」、AIの回答は「群」の畳み込み……
個 VS 群の平均
「しっくり来ない」の正体はここにあったのですね!
今なら、バイヤーが『ニーズの見える化(Tapir)』が示す結果に「しっくり来ない」場合がある事も、『ニーズの見える化』の不完全性もよく分かります。
『ニーズの見える化』は、「あなたのエゴ」や「個々の買い手のエゴ」を示すものではなく、「買い手のエゴの、群としての平均値」を示すものだからです。
ですけど、少なくともマスを標榜するチェーンストアが「個々のエゴに対応する」なんてことは、私たちの認知能力や作業からして、論理的に「不可能」です。
「一定の世界」の中の大衆のエゴを、群として畳み込んだもの……『ニーズの見える化』は、そのスケールと特化性に違いはあれど、AIのようなものなのです。
となれば……『ニーズの見える化』は「完全」ではなくとも、同様に「完全」ではないAI程度には「役に立つ」ハズです☆
お買い上げありがとうございます!w
(これはセリングではなく、マーケティングですよ?みなさんw)
『目的範囲 > 選択範囲 > 選択肢』、『マイスタイル > マイニーズ > マイチョイス』それはどちらも同じ物を指す言葉です。けれどもそこには「観測視点」の違いという二重性がありました。
特に後者は「個」の視点でしか、認知することが適いません。
それを「個」である私たちでも認知・対応可能なように、「モノの群」の姿に編み上げたものが、Tapir(ニーズの見える化)の『目的範囲 > 選択範囲 > 選択肢』です。
見えないコト※を見ようとして 望遠鏡(Tapir)を覗き込んだ♪
※.誤植じゃないですよ!モノ∩ヒトの積集合が、私たちには見えない「マーケット」の実態、すなわち顧客それぞれが求める「コト」の姿なのです。ですから「モノ」だとちと具合が悪い……
って……あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。
以上、AIとの『とんち問答』の最果てでした。
かちょー は不正確な場合があります。回答はAIに再確認してください。